5.ブルーフェアリー
ステンドグラス風の窓から差し込むカラフルな光はいつものようにはエイミの心をときめかせなかった…。
かわいいウサギのぬいぐるみもおとぼけ顔のピエロも大きく口を開けたカッコイイ恐竜も誰もエイミの心に入れないのだ…。
エイミは店の片隅で膝を抱えうずくまっている。
エイミより大きな人形もあるため、本当に人形のように溶け込んでいる。
エイミの手にはエイミとおそろいの靴の片方が握られている。
店の奥に運ばれたアイミの右足からこぼれたものだった。
レンはただ「ここでまってろ」とだけつぶやいてエイミを一人残しアイミを連れ去ってしまった。
エイミはただレンの告げた「アイミは人形」「アイミは死なない」「エイミは人形じゃない」という情報をぐるぐると考えるだけだった。
なにもかもがわからない…
ただアイミのいない右側がさみしくて、怖くて…靴を握って泣くしかできなかった…
アイミの消えたドアがキーっと音を立て開いた。
ハッとしてエイミが顔を上げるとそこにいたのはもう一人のお店のお兄さんだった…
エイミはシズキにかけよると足につかみかかった
「アイミは?アイミはどこにいるの?死んじゃったの?大丈夫なの?ケガは治るの?アイミは人形なの?私は…」
シズキはそっとアイミの目線の高さにかがむと立てた人差し指をそっとアイミの唇に添える。
エイミが話すのをやめるとシズキはそっとほほ笑んだ。
「いい子だね」
シズキの言葉にエイミはポロポロと涙をこぼした。
「いい子…なんかじゃ…ない…」
ぐすっぐすっと嗚咽を上げるエイミの頭をシズキは優しくなでる。
そして、そっと抱きあげ部屋の隅の椅子に腰かけた。
エイミを向かい合うように膝にのせ、そっと包み背をなでる。
シズキの服にしがみついてもエイミの涙は枯れる気配を見せなかった。
「どうして…?」
「ん?」
「どうしてアイミが人形ならエイミもアイミのようにいいお人形に作ってくれなかったの?」
「エイミちゃんはお人形なんかじゃないだろ?」
エイミはいやいやをするように首を振った。
「…どうして人形だと思うの?」
「…パパとママが話してた…娘を元気にするために人形を買った…って…」
「そうだよ?体の弱かったエイミちゃんがちょっとでも元気になるようにアイミは作られたんだ」
「おかしいわ…」
「どうして?」
「私…アイミよりずっと元気だもん…」
「んー。昔に比べると元気かもしれない。でも、エイミちゃんは体が弱くてずっとお外に出てなかっただろ?ひとりじゃさびいしいし、話し相手がいればもっと元気になるだろうってパパとママは考えたんじゃないのかな?」
「…。」
「それにね。アイミが大人しいのは理由があるんだよ?」
「りゆう?」
「そう。ひとつはアイミががんばりすぎてエイミちゃんに無理をさせないため。もう一つはアイミを元気にしようとすればエイミちゃんが元気になるだろうって考えたからだよ?だからアイミはいつも大人しくエイミちゃんを見て具合が悪くならないように気をつけてたんだ。」
アイミの大人しい理由…
そんなこと一度も考えたことなかった。
でも、確かにアイミは私がちょっとでも具合が悪くなると休みをとったり、大人しい遊びをしようと誘ってくれていた…。
「…でも…」
「でも?」
「人間になれば幸せになれるって信じてたの・・・ピノキオが人間になったみたいに、人形から人間になれば幸せになれると思ったの…その方法を…ぶるーふぇありがどこにいるかを教えてもらいたくてここに来たのに…最初から人間だよって言われても…どうしていいかわからない・・・」
「…ピノキオ…か…。…どうして…人間になると幸せになれるっておもったの?」
「私が人形で人間になれたらパパと、ママと、アイミと本当の家族になれると思ったの・・・だから・・・」
「…そうか…。」
「?」
「エイミちゃん…実は駅から電話があった時、アイミには家に帰るように言ったんだ…でも、アイミはそうしなかった…。たぶん、君を悲しませたくなかったのと…アイミ自信がエイミちゃんと同じように思ってたからかもしれないね…。」
「おなじ?」
「うん。アイミも人間になれば家族になれるって思ったのかもしれないね…。アイミは自分が人形だって知っていたから…。だからその方法がないか聞きに来たかったのか知れない…。」
「アイミが…」
「アイミは人形だからもう家族じゃない?」
エイミがシズキを睨む
「そんなことない!アイミは私の大切な今日だよ!いつも一緒なの!そんなこと言わないで!」
シズキは嬉しそうにエイミの頬に触れる。
「エイミちゃんがそう言ってくれるならアイミは本当の家族だね。」
“こんなほっぺの人形なんていないよぉ”
そう愛おしそうに触れてくれたアイミの頬笑みが浮かぶ…
アイミは自分が人形だと知っていたのにずっと一緒にいてくれた…
私はひとり人間になろうとアイミを巻き込んでやきもきしていたというのに…。
エイミはシズキの胸におでこをよせた。
温かなぬくもりと鼓動が心地いい
「アイミは人間になれる?」
「どうかな…なれるかもしれないね…」
「ホント?」
「うん。」
シズキはエイミの頭を優しくなでる
「エイミちゃん、内緒だよ?…僕…一体だけ知ってるんだ…人形が人間になった本物のピノキオを…」
エイミの瞳がパーッと輝いた
「じゃ、ぶるーふぇありもどこかにいるのね?」
シズキはニコニコとほほ笑む
「んー。ブルーフェアリーがどこにいるかどうかは知らないんだ…。」
エイミはがっかりしたように下を向く。
「けどピノキオがジミニーといっしょに今も仲良く暮らしてるって聞いたよ?アイミももしかしたら人間になれるかもしれないってことだよ?」
「うん…。」
「エイミちゃん…。ピノキオがどうして人間になれたかわかる?」
「冒険したから?」
「ん。それもあるかもしれない。でも、きっとジミニーやおじいさんがピノキオを人間にしてほしいと願ったからじゃないのかな?」
「おじいさんが…?」
「うん。おじいさんたちがピノキオを家族として愛して、人間になるように望んでくれたからブルーフェアリーが願いをかなえてくれたんだと思うよ?だから、エイミちゃんがアイミを家族にしてくれて、人間にしてほしいって願ったらブルーフェアリーがきて願いをかなえてくれるかもしれない…。わかるかな?」
エイミはうんと頷いた。
エイミはよせた胸のぬくもりにとけるように瞳を閉じた。
遠くでアイミの歌う“星に願いを”が聞こえた気がした…。
「寝たのか?」
廉が英美の顔を覗き込む。
「うん…。」
倭生は体を預ける英美の背を優しくなでた。
「子供って意外と重いんだね…。ホントに人形たちと同じだね…。ここにたくさんの思いが詰まってるからきっと重いんだね…。松田ご夫妻に連絡は?」
「ん。さっき。もう少ししたら着くと思う。」
廉は少し離れた椅子に腰を下ろす。
「珍しいな…。」
「え?」
「お前が話すの…。」
「さっきの聞いてたの?」
「聞こえたの。」
廉は煙草に火をつけようとして英美と人形の存在を思い出しくわえた煙草を火をつけずに戻した。
「てっきりあのことは話したくないんだと思ってた…。」
「…話したくない…話すと先生のことを思い出すから…。」
「そうだと思ったから触れずにいたんだけどな…。」
「…知ってる…。」
倭生は重みでずり落ちていく英美の身体を寄せる
「でも…先生の遺志をついで人間になる人形を作るのが僕の存在意義だから…。」
「…存在意義か…。」
廉は指先でライターをもてあそぶ。
「ごめんね…。」
「あ?」
「廉の方こそ先生の事思い出すの嫌なんじゃない?それなのに僕につきあってくれて…。」
「ふっ。」
廉は鼻で笑う。
「感じ悪ーい」
倭生はそう言って笑う。
「親父のことを思いださない子供なんていねーよ。それにさ…俺にとっても人形を人間にするって目標は存在意義だからな…。」
「人形を人間にする…か…」
「?」
「同じようで違うよ?“人間になる人形を作ること”と“人形を人間にすること”・・・」
「そうか?」
「うん。」
倭生は英美の背をポンポンと叩く。
「それってやっぱり英美と愛美の違いかな?」
「?」
「いや…何でもない…。」
「なんだよ…気分が悪いな…。」
「…ずるいのかな?」
「あ?」
「僕がそのピノキオだよって…言わないこと…」
ふたりの間に沈黙が流れ、部屋には英美の寝息だけが小さく響く
「…。いいんじゃねぇの?人間になれた理由…お前が一番知りたいくらいなのに子供に説明できるかよ…半分夢物語で子供にはちょうどいいんだよ。」
「ふぅ。そうかな。」
「そうだよ。」
「そっか。…愛美…人間になれるといいね…。」
「おう。」
「それにはジミニーのがんばりが大切かもね?」
倭生は英美の背をなで、廉にワザとらしくウィンクをする。
そんな倭生に廉は舌打ちをする。
「子供の頃は誰でも純粋なんだよ!」
そういうと廉は扉を開け奥へと入って行った。
「ふふふ…。ジミニー君の短気は変わらないねぇ…。」
英美はピノキオとジミーと愛美と4人でぶるーふぇありの元へたどり着く夢に酔いしれていた。
FIN
………………………………………………
一応こんな感じに終了。
今回も少し構成を変えての終わりですがどうでしょうね…。
こちらに倭生と廉の短編をつけて総完結になりますのでしばしお時間ください。
いやーしかし、悩むね。
産みの苦しみってやつかね…←
暴露ってしまうと
ここで愛美を出すか出さないかとか
愛美のその後を書くか書かないかとか
倭生、英美に触りすぎだろ、ロリコンか?とか
廉キャラ迷子とか…
愛美爆破も英美がIDEAまで背負って行くバージョンとかいろいろ考えてこれに落ち着いたんだけど…けど…
あぁぁぁぁ、もう…どうしたいの…←
今回はテーマを曝しての展開な分、テーマとのシンクロする部分、しない部分をお楽しみいただければと思います。
なので伏線は今回ほとんどない(笑)
あ、英美たちの名字くらいですかね?
松田さん。最後にチラッとだけ。
ピノキオがイタリア語のPino=松の木に由来するところから
松って着く名字…あぁ!あの名字があるじゃないかー!
…でも…ドストレートだな…
ってことで松田さんになりました。
ドストレートご希望かしら?
なので主人公は松田英美&愛美です。
伏線というか+αの短編への布石ですが
タイトルの「ピノキオの見る夢」のピノキオは
英美でも愛美でもなく「倭生」です。
人間と見まごうばかり人形を作っては“本当の人間”になるかどうかじっと依頼主と人形を見守る倭生…
自らが人形から人間になった『再現』をして見極めたいって倭生の夢のがこのシリーズの総軸だったりします。
はて、次の短編でその辺を少し明らかにできたらなと思います。
短編の後…どうしようねぇ…。←