ピノキオの見る夢4

4.くじら

 

駅員のお姉さんが私たちと一緒に駅まで行ってくれた。

でも、駅まで迎えに来てくれるという人形屋のお兄さんの姿はどこにもなかった。

「迎えに来てくれるって言ってたのよねぇ?」

お姉さんは心配そうに私達を覗き込む。

「大丈夫です。ここで待ってますから。」

アイミはお姉さんに笑顔を向ける。

「そう?」

「はい。お姉さんはどうぞお仕事に戻ってください。」

「でも、またさっきみたいな怖いおじさんに会うかもしれないし…。」

「お店の人来るって言ってたから大丈夫です。」

「…。じゃぁ、気をつけてね。何かあったら駅員さんそこの改札にいるからお話ししてね?」

「はい。ありがとうございます。」

「あ…ありがとうございます。」

私はあわててアイミに続いた。

お姉さんは手を振って改札の中に消えていく。

 

私は正直驚いていた。

アイミは二人で外出してからいつもの大人しいアイミだけではなくなった。

急に大人になったみたいだ…。

本当に早く人間にしてもらわないと私は『おはらいばこ』にされてしまうかもしれない。

変なもやもやが私の心に広がって行く。

 

「ねぇアイミ…?」

私はおそるおそるアイミに訪ねる。

「んー?」

アイミは首をかしげてこちらを向く。

「アイミはおにんぎょうやさんまでの道覚えてる?」

私はいつも車でたどる道順があやふやで大まかな方向しか浮かんでこない。

「うん。ここからなら大体分かるかなぁ…?」

やっぱり…。

「じゃ、いってみようよ!」

このままアイミばかりが大人になったら私だけが5歳児に取り残されてしまう。

早く『人間』になって成長をしなくてはいけないのだ。

そのためには早くにんぎょうやさんへとたどり着いてぶるーふぇありの居場所を聞かなくてはいけないのだ。

「でも…お兄さんが来てくれるって言ってたからここで待っていようよ…」

「じゃぁ、ひとりで行くからアイミはここで待っていればいいよ!」

そう言って私は歩きだした。

「ま、まって!行く!行くから!」

へへへ…。アイミならそういうと思ったんだ。

私はにっこりと笑ってアイミに手を差し出す。

アイミはまだちょっと困った顔をしていたけどおずおずと手をつなぐ。

 

私はつないでを揺らしながらアイミといっしょにあのアイミの歌ってくれた歌を歌った。

 

車ではすぐつく道も私たちの足ではなかなか遠い。

誰かのおうちの石段で休んだりしながら進むので時間がかかる。

迷うかな?とも思ったけどアイミの記憶力は結構しっかりしていて迷った時は「こっちだよ」と教えてくれる。

でも、一向にお店のお兄さんと出合うことはなく、姿は見えない。

 

しばらく歩くと公園が見えた。

あ、この公園は覚えている。

いつも車で横を通る。

この角を曲がってちょっと歩けばにんぎょうやさんだ!

私がアイミを見るとアイミもそれがわかったようでうなづく。

私たちは走り出した。

 

 

しかし、

公園の方から唸り声が聞こえてきた。

ヴァウウウウウ…

びっくりして声の方を向くと大きなイヌが首からリードを垂らしこちらを睨んでいた。

近くに人の姿は見えない。

きっとどこかから逃げだしてきたんだ…。

ヴァウ!!!!!

犬は私たちの方を睨むと大きな声で吠える。

「あ、あっち行きなさいよ!」

私が犬に向かって叫ぶと『うるさい』とでも言わんばかりにもう一度大きく吠えた。

犬は唸りながら静かにこちらに近づいてくる。

「エイミ…逃げよう!」

アイミは私の手を引いて人形屋の方向に後ずさりしようとする。

「う、うん…。」

私は怖くてブルブルと震えてしまう。

それを知ってか犬はもう一度大きく吠える。

「ひゃっ」

私はびっくりしてその場にへたり込んだ。

「エイミ!!」

アイミが心配して私の横にしゃがみ込む。

「大丈夫?」

アイミは私の腕をつかみ一所懸命立たせようとするがどうにも動けなかった。

その間にも犬は私たちににじり寄ってくる。

「こっちにくるなってば!!!」

私は怖くて背負っていたリュックを犬に向かって放り投げた。

リュックは犬に命中し、犬はキャンと小さな声をあげた。

 

…しかし、それがいけなかった。

犬は私の反撃にますます唸り声を大きくし、大きな咆哮をあげ私たちに飛びかかった。

私は思わず両手で目を覆った。

 

 

来るはずの痛みと恐怖と衝撃が来ない代わりに

バンと破裂音が一度起こった。

もう一度キュンという小さく鳴き声がしたかと思うと逃げ去る足音がする。

 

 

私はおそるおそる目を開けると

目の前にあったのは

両腕を広げて横たわるアイミの姿だった…

 

私は驚きで声が出なくなった。

 

ようやく犬が飛びかかったのがアイミで

アイミが私と犬の間に立ちはだかったことが理解できると

恐怖で大きな悲鳴を上げた。

 

「ああああああああああああああああああああああああ」

 

私はアイミの背をゆする.

反応がない。

しかもアイミの肩の服は破られ、大きな噛み傷があるのに血は一向に出ていない。

かわりに焼けこげたにおいと黒い粉がアイミの肩についている。

 

エイミの頭は混乱しただアイミの名前を叫ぶしかなかった。

 

 

「なにがあった?」

ふと私の後ろからそっと背に触れる人がいた。その人はアイミを覗き込んだ。

にんぎょうやで見るお兄さん…確かレンさんという人だった。

「いぬが…いぬが…」

「いぬ?野良犬にかまれたのか?」

レンさんはアイミの肩に触れるとうなづいたり首を傾げたりする。

「けがは?」

レンさんが私の方を向いて尋ねる。

私はただ首をを振った。

「大人しく帰れって言ったのに言うこと聞かなかったのか?」

そんなことアイミは一言も言わなかった…

私はまた首を振った。

「ふぅ…とりあえずイデアに戻るぞ。ったく、俺がたばこを買いに出なかったら今頃警察よばれてんぞ?」

そういってレンさんはアイミを片手でひょいっと持ちあげる。

「いくぞ」

私は立ち上がろうとするがうまく力が入らずよろよろとしてしまう。

「ったく」

そうつぶやくとレンさんはアイミを抱えていないもう片方の手で私を小脇に抱えた。

「あ…あの…」

私は渇いてうまく動かない口を必死に動かした。

「んー?」

歩きだそうとしたレンさんが足をとめた。

「アイミは…死なない…よね…?」

レンさんはしばらく考えて「人形はしなねぇよ」とだけぼそっと呟く。

そしてゆっくりと歩き出した。

「あ…あの…じゃぁ…」

「んー?」

今度はレンさんは足を止めない。

「アイミも…人形なの?」

「んー。」

そうだったのか…。

「わ…私とおんなじように?」

「ん?」

今度はまたレンさんは足を止める。

「お前は違うだろ?」

そういってまた歩き出した。

「?」

私はレンさんの言った意味がわからずーっと頭の中でレンさんの「違う」という言葉を繰り返していた。

じゃぁ…私は人間だということなんだろうか?

じゃぁ…ママとパパの言葉の意味はなんだったんだろうか?

じゃぁ…アイミは「死なない」ってことなんだろうか?

 

私の頭はひどく混乱してぶるーふぇありの話などすっかり忘れていた。