3、 冒険
チャンスはママたちが出かけてからさちえさんが来るまでの1時間程度の間だ。
その間に私たちは家を出てできるだけ先へ進まなくちゃならない。
いつでも行ける。
おでかけのときにいつももっていくリュックはベットの下にしまっておいた。
道がわからなくなった時のためににんぎょうやさんで買ってもらったキツネのぬいぐるみも入っている。
お店の名前と連絡先のタグが付いているのだ。
いつもの朝と同じように過ごし、ママたちを玄関の外まで見送る。
煙を吐き出しながら遠ざかる車と、窓から手を振る二人の姿が遠ざかっていく。
私たちはパパとママの車を見送ると急いでリュックを背負ってふたり手をとって走り出した。
まず目指したのは駅だった。
だがもちろんふたりだけで電車に乗ったことなどなかった。
でも、駅員さんに聞けば何とかなるだろうということになったのだ。
駅員さんらしき人を見つけて近づこうとしてアイミの手を引いた。
「そこのお嬢ちゃんたち?」
声を振り返ると優しそうなおじさんがニコニコと笑みを浮かべて立っている。
アイミは私の手を強くつかむと自分の体を寄せる。
「なに?私たちいそがしいの。」
私は精一杯その人を睨みつける。
「あ…いや…君たち見たところ二人だけだけどママたちはいないのかい?」
おじさんはかがんで私たちに目線を合わせてくれる。
私の心はちょっとホッとする。
「こ…これからママたちのところに行くのよ!」
おじさんは驚いて目を丸くする。
「へぇ~ふたりだけでかい?」
私は胸を張る。
「そうよ!私たちはもう5歳だから『私たちだけで』ママのところへ行けるのよ!」
「エイミ…。」
アイミが心配そうに私の手を引く。
「駅員さんのところに早く行こうよ…。」
おじさんは私たちの顔を覗き込む。
「どこまで行くんだい?」
私はリュックからぬいぐるみを出しおじさんに突き付ける。
「このイデアってお店よ!私たちでいけるんだからほってい置いて!」
おじさんは最初考え込んだがしばらくしてにこりと笑う。
「…おぉイデアか!しってるよ!ここからちょっと遠いけどいくつか先の駅のお人形屋さんだね…。」
私はぱっと顔を輝かせる。
「しってるの!」
「あぁ。おじさんはその近くに行ったことがあるからね。よかったら一緒に行こうか?」
にやりと笑うとアイミに手を伸ばす。
私はアイミを背にして後ろに下がる。
「い、いやよ。私たちでいけるんだから!」
おじさんはまだニヤニヤしている。
「そうかそうか。すまないね…。おぉそうだ。切符は買えたのかな?」
切符?
ママたちが持ってる紙っきれのことだ。
あれが必要なんだろうか?
「…持って…ないわ…」
おじさんの目じりが下がる。
「じゃぁ、おじさんが買ってあげるから一緒に行かないかい?」
「え」
私は嬉しさに声を上げる。
「…エイミ!」
アイミが腕をつかんでゆする。
「でも・・・」
私はアイミの目を見つめる。
「だめ!行こう!!」
そう言ってアイミは私の手をとって改札に向かって走り出した。
アイミは改札に流れる人込みをぬって、端っこの駅員さんの横を通り抜けた。
あわてて追いかけてくるおじさんはさっきの顔と違って真っ赤になってて怖かった。
おじさんは改札のところで通せんぼされて何かを叫んでる。
駅員さんたちが何事かと近づくとおじさんはすごい勢いで逃げていく。
私はアイミと抱き合って怯えた。
あのおじさんはなんであんなに怒ってるのだろう。
さっきまでニコニコしてたのに…。
逃げたことを怒ってるのだろうか…。
私たちのところに駅員のおじさんが近づいてきた。
「だいじょうぶかい?」
髪の毛に白髪の混じったそのおじさんはさっきのおじさんとおんなじでニコニコこしてるけどなんだかほっとした。
私はおじさんにしがみついて泣いてしまった。
「実は私たちママのお誕生日の贈り物を買いにこのお人形屋さんへ行きたいんです。」
そういってアイミはキツネのぬいぐるみを差し出した。
「んー。そうは言ってもなぁ…。」
おじさんは私の頭をポンポンと撫でてくれる。
「駅まででいいんです。あとは自分たちでいけますから。帰りはお店の人たちにお願いします。だからママには連絡しないでください。お願いします。」
アイミは普段見せないくらいにまっすぐな目でおじさんを見つめる。
私も鼻声のまま『お願いします』とおじさんの制服にしがみつく。
おじさんはふうっとため息をつくと「内緒だよ?」とウィンクしてみせる。
「おじさんが運転手さんにお願いしてあげるからお店のある駅まで連れてってあげよう。そのかわり…。」
おじさんは私を起こして服のほこりを払ってくれる。
「お店に前もって連絡してふたりが行くことを伝えておく。それでもいいかな?」
お店に…。
パパママに連絡されるのではなくて私たちはちょっとほっとする。
おじさんはお店の電話番号に連絡してくれた。
アイミが受話器を取り何かを話している。
「うん」とか「はい」とか返事をするばかりで何を話しているのかわからない。
アイミはおじさんに受話器を返すと私に向かってほほ笑んだ。
「お兄さんがむかえにきてくれるって。ふたつ先の駅だって。」
…なんだか、いつも弱気のアイミがしっかりしていて私は居心地が悪い。
なんだかわがままばかりいってアイミを振り回してる。
これじゃ…人間なんかに…
私は頭をふる。
しっかりしなかきゃ。
「うん。いこう!」
私はアイミの手をとった。