ピノキオの見る夢2

 

2.大嫌い

 

おにんぎょうやさんにいくチャンスは思ったいよりも早く来た。

アイミが本を手にママに『いつものおにんぎょうやさんへ行きたい』とねだったらしい。

私だって…私だって…。

 

「じゃ、明日行くことにしましょう?明日ならママもお仕事の時間を割けれると思うし。」

そういってママはアイミの黒いサラサラの髪をなでる。

ママはパパと一緒に子供服のお店をしている。

私たちの着る服はすべてパパとママが作ったものだ。

実際、私はパパやママにとって私たちに与えられた着せ替え人形とかわりないのかもしれない…。

私はアイミとママを遠巻きに眺めていた。

 

「どうしたの、エイミ?具合でも悪いの?」

ママはそういうと私の方に近づいてきて、そっと私のおでこに触れる。

「ううん。なんでもないよ?平気だよ?」

ママは心配そうに私の顔を覗き込む。

「本当に?熱はないみたいだけど…。」

ママは後ろを振り返りアイミを手招きする。

「ねぇ、アイミ、エイミおかしいとことかなかった?」

おかしいとこ…。

「大丈夫だと思うよ?さっきまで騒いでたから疲れちゃったのかな…?」

アイミも私の顔をのぞく。

「だ、大丈夫だよ…。」

ママは大きくため息をつく。

「まま、最近エイミの様子がなんだかおかしいと思ってるのよ?

何だか急にだんまりしたり、ママたちとお話しするのに目を見てくれなくなったり…。

ホント、このところどうしちゃったのかしら…?」

…それは…。

ママは私の肩にかかった髪をすくう。

「アイミ、エイミに何か変なところがあったらさちえさんかママにすぐ言うのよ?」

…変…な…ところ…?

変だったら…私…どうなるの?

怖くて言葉は呑みこんだ。

代わりに私は肩に添えられたママの手を激しく振り払った。

「変なとこなんてないんだってば!」

ママはびっくりしたように私を見る。

「私のどこが変なの?どこがおかしいの?全然何も変わってないじゃない!私がおかしいならママたちもおかしいのよ!」

「エイミ!」

ママはとっさに手を振り上げ、私はびくっと体を震わせた。でも、ママはギュッと苦しい顔をしてその手を静かに下した。

「あなたはちょっと体調が悪いのね…。明日はアイミだけ連れていくわ…。」

ママはおろした手をいたわるように手をさする。

「そ、そんな…」

それじゃ、おにいさんにピノキオノお話やぶるーふぇありのお話を聞けないじゃない!!

「どうして!私も行きたいのに!」

「あなたは少しおうちで大人しくしてなさい。外で具合が悪くなったら大変だわ…。さちえさんについててもらうから平気よ。」

しかも、行くのをやめるんじゃなくて、私を置いて行ってアイミだけ連れて行くなんて…。

やっぱり…。

「ママなんて…ママなんて大嫌い!」

そう叫んでしまって私が悲しくなってしまった…。

ママの顔をまっすぐには見れず、私は大粒の涙をこぼしながらリビングを飛び出した。

自分のベットにもぐりこみ団子虫みたいに丸くなってふとんの中で泣きわめく。

柔らかいふとんだけが私の涙を優しくぬぐってくれる。

 

ガチャ…。

子供部屋のドアの開く音に私の心臓が飛びはねた。

「エイミ…。」

ママではない。アイミだった。

ママが追いかけてこないのがまたショックで私は輪をかけて大きな鳴き声を出してしまう。

「エイミ…どうしたの?」

アイミはふとんの上から優しく背をさすってくれる。

その感触がたまらなく優しくて私はふとんのよろいを脱ぎ棄てアイミに抱きついて泣いた。

にんぎょうが持ち主にすがってなくっておかしいかな…?

でも、その時の私はそこまで考えが及ばなくてただただアイミのぬくもりが優しくて抱きついて泣いたのだ。

アイミは同じ年の子供とは思えないくらい優しい手で私の頭を撫でてくれる。

「エイミ…明日はお人形屋さんに行かないことにしたわ…。」

「え?」

びっくりして顔を上げるとアイミが目を三日月みたいにしてほほ笑んでる。

「エイミも行きたいのにひとりで行ってもつまらないもの。」

私はアイミの優しさにさっきとは違う涙が出てきた。

さっきは胸のとこがチクチクする涙だったけど今度は胸がふんありする涙だった。

「あ…あり…が…とう…」

私は鼻が詰まってうまくしゃべれなかった。

アイミは黒い髪をさらさらと揺らしほほ笑む。

…そうだ。

ママが連れてってくれないなら…。

「ねぇ、アイミ…。」

「ん?」

「ピノキオと同じように冒険に出てみない?」

「えぇ?」

アイミは目を丸くする。

「でも、私たちお外に行く時はママやパパやさちえさんと一緒に…」

私は頭を振る。

「もう私たちだってこどもじゃないわ!字だって読めるし、ひとりでお洋服だって着れるわ!」

アイミはうつむき始める。

「でも…。」

「大丈夫よ!ピノキオとコオロギだってふたりで冒険に出たから人間になれたんでしょ?私たちだってふたりだもの!」

「う…ん…。」

アイミはまだ顔をあげない。

「知らないところに行くんじゃないわ!おにんぎょうやさんまでよ!」

アイミがパッと顔を上げる。

「何度もいってるし、連れてってもらえないなら自分たちで行けばいいわ!それに…」

「それに?」

私の涙はもう渇いていた。

ベットの上に仁王立ちになりママが私たちを起こる時みたいに左手を腰に当て右手の人差し指を立てた。

「ピノキオみたいに冒険してにんぎょうやさんについたらぶるーふぇありが人間にしてくれるかもしれないわ!」

アイミはわ~っと歓声を上げたがすぐにきょとんとなる。

「でも、どのお人形を人間にしてもらうの?」

アイミはおもちゃ置き場につみあがったたくさんのぬいぐるみを見回す。

…し、しまった…。

…でも、アイミにウソはつきたくない。

私はアイミを手招きして「ナイショよ?」とささやく。

アイミは不思議そうに笑うと耳を傾けた。

「…私ね…本当はピノキオみたいなお人形なの…。」

アイミはびっくりしたように目を見開くと少ししてくすくすと笑いだす。

「そんなことないよぉ」

「ホントなんだってば!」

アイミは私のほっぺを指でつつく。

「こんなほっぺのお人形いないよぉ」

私はつつかれた頬をぷっと膨らませる。

「ウフフ…ごめん、ごめん。でも、エイミがお人形なら私もお人形かな?」

アイミがほほ笑む。

「違うよ!」

アイミは違うよ…。

私はしゅんと肩を落とす。

「…じゃ、明日行ってみてお人形屋さんのお兄さんに聞いてみればいいね。 “お人形ですか?人間になれますか?” って…」

私はぱぁっと顔を輝かせアイミに抱きついた。

私は泣き疲れたのもあって、すぐに眠りについた。

 

窓からは夜空に瞬く星が見える。

星に願えばブルーフェアリはきっと私たちに出会ってくれるはずだ…。

私は夢でピノキオの夢を見た。

 

ピノキオみたいに…本当の家族に…

 

アイミの手のぬくもりは朝、目覚めるまで離れることはなかった。