凍えるツバメの幸福10

10.ツバメの幸福

 

「本当に…不運で不幸な事故だ…」

 

花森は腰を落としたままはちみつ色から紫色を帯びてきた空を眺める。

しばらくの沈黙の後、そっと穏やかに花森は話し始めた。

 

「…トロイ…メライ…。

あのオルゴールは幼い頃の僕の顔も知らない父のたった一つのぬくもりだった…。

そして、まだミルクの甘い匂いのする弟と聞いた思い出のオルゴール。」

あの夢の…はちみつ色の…トロイメライ…

あれはさとるの深い底の記憶…。

だから花森はあのオルゴールを僕に…。

 

「僕は素性を隠して潜り込んでる間も時々あれを見て幼いさとるの記憶を呼び覚ましていた…。

あの男はそれをこっそり見ていて知っていたらしい。

まぁ、あいつは父親との思い出に浸っていると思って、勘違いしてたみたいだったけど…。

それでもずーっとそのことを胸に秘めて、喜びをかみしめてたらしい…、バカな男だよ…。」

花森は鼻で笑った。

また、少しの沈黙が流れる。

 

「…あいつは…社長はは事故の後少し息があったって言っただろ?」

「…遺言を聞いたって…。」

僕はつぶやく。

 

「あの遺言はウソなんだ…。

本当は財産は僕に全部譲られた…。

元々そうするつもりで書類を準備してたみたいだし…。

ただ、僕が一度相続してからさとるの製作費とか払って残りをさとるに贈与したんだ…。

さとるの制作はあいつの意思じゃない…。僕の意思だ…。」

 

僕は言葉を失った…。

「どうして…。」

 

「さとるは…僕の目の前で一度死んだんだ…。

僕の心がさとるが消えることに耐えられなかった…。

一度手放して、あきらめきれずに求めた…弟が消えることに…。」

 

空を眺めていた花森は僕に視線を向ける…。

「それに…」

 

「それに…」

僕は思わず花森の言葉をオウム返しにする。

 

「僕に・・・謝ったんだ・・・。

あの男…。

母さんのこと…僕のこと…さとるのこと…。」

花森はおでこを地面につける。

 

 

僕はそっとその背に手を乗せた…。

花森がいつも僕にしてくれるみたいに優しくなでた。

花森は僕を上目遣いに優しく見上げ、僕の胸にすがりつく。

 

「子供の福祉事業はまだ見ぬ僕への罪滅ぼしではじめたんだって…。

この会社は愛に盲目になった男の罪滅ぼしだからいずれ僕やお前に残したいんだって…。

まだ幼いお前を助けてやってくれって…。

そういって僕の手をとって父さんは泣いたんだ…。

『俺を憎むなら、お前と同じようなこどもは作るな。こどもたちを救ってやってくれ…』

それが本当の最後の父の言葉…遺言だよ…。」

僕の背をつかんだ花森の手は温かく…柔らかい・・・。

 

「だから、僕はさとるを失う苦しみと父との約束のために必死に残されたさとるをかき集め復元したんだ…。

そして、必死にさとるを作り上げ、会社を引き渡したいって願い…いや、願望かな…

実現させたかったんだ…父との最初で最後の約束を…。

今、一生懸命さとるを育ててるんだ…」

だから…もうあげる臓器もない僕を会社の事業で連れ回していたのか…。

 

花森の背に添えた手から熱いくらいの体温が伝わる。

「じゃ…どうして…移植の手伝いをしてくれたの?

廉が言うみたいにせっかく入れたさとるなのに…」

そういうと花森はふふふっと笑う。

 

「それを願うのがさとるだったから…。

一緒に過ごしてみて驚いた…。さとるは僕と違って本当に優しい子だったから…。

さとるだったらこうしてたなっていうのを君がやり始めたことに気づいたんだ…。

君がひとつづつさとるを失っていくのにひとつづつさとるになって行く気がしたんだ…。

それに…」

花森は体を起してまっすぐに僕を見る。

「それに?」

目には僕と同じように涙が流れている。

「さとるがたくさんの人の中で生きていくことを想像したらたまらなく幸せなったんだ・・・。」

花森が頬笑む。

 

そういえば花森の笑顔が落ち着くのはパパの笑顔に似ているからなのか…。

糸みたいに目を細めて笑うところが似てるのは、花森のそばが落ち着くのは花森がパパのそばで働いていて似てきたからではなくて『親子』だったから…さとるの本当の兄だったからか…。

僕も目を細めて笑う。

 

僕の中の鼓動がゆっくりと時を刻む。

わかっているよ、さとる…。

君の言いたいセリフ…。

 

「兄さん…」

僕は花森をそう呼んでみる。

照れくささに花森の目が見れない。

「はは…。

…慣れないからしばらく『花森』でいいよ…、

…さとるぼっちゃん。」

そう言って花森は立ち上がると僕に手を伸ばした。

僕はその手をつかむと立ち上がる。

あたりは薄暗さを増し、ちょっと先にいる花森の顔もはっきりとはしない。

きっとてれているその顔が見えずにちょっと.残念な気がする。

 

 

並んで庭園を出ていこうとしたその入り口で花森がそっとつぶやいてくれた。

 

「お前がDOLLでよかったよ。

さとるはもう、僕の目の前で死なない…。

ずーっと生き続けてくれる…。

ありがとう…さとる…。」

 

それに同意をするみたいにトクンとさとるの心臓がはねた。 

 

FIN

 

………………………

あとがきと暴露。

 

いかがでしたでしょうか。

「凍えるツバメの幸福」はこんな展開で終了です。

ハッピーに終わったよね?

一応(笑)

 

凍える(ry は題、5以降の各タイトルからもわかるとおり「幸福な王子」がベースです。

サファイアの瞳、金の肌などの財宝で飾られた高価な「幸福な王子」がツバメに頼んでその身を削って人々に幸せの贈り物を送る。

しかし、それはツバメの南下を遅らせ、王子を『粗末な王子』にし、冬の到来とともに凍え死んだツバメと一緒にゴミ捨て場に捨てられます。

でも、神様が誰にも与えられなかった王子のなまりの心臓とツバメを天国に持ち帰り、ふたりは『幸福』に暮らすというお話でしたね。

なので、6のタイトルのダイアモンドも7の鉛も『心臓』を指しています。

ダイアモンドは『ずっと君と・・・』という場面でよく送られる石ですが鉛で使えないってことで…残念なさとる坊ちゃま。←

 

で、鉛とツバメだけが天国へ行き、体はゴミ捨て場に行くのは生身の肉体を持つ花森兄弟とさとるの消えない隔たりを意味しているという以外と深い話を作者だもん、してみるさ。←

で、ママを執念で追いかけるパパと譲を執念で制作する花森はやっぱ親子だよね。同属嫌悪だよね。ってツッコミ。 

 

凍えるツバメ(ry の題から導かれる真の主役は花森さんだったりします。

すまん、さとる…お前はただの語り部だ…

「花森」というツバメは「さとる」という王子にとらわれて「お父さん」という冬から逃れられず心を凍えさせ壊れてしまう。ということはたぶん月草の文章力では伝わらないのでここにはっきり書いておこう←

 

で、前回のピグマリオンに続いてギリシャ神話チラリです。

ギリシャ神話はメジャーだけどメジャーじゃないから伏線にしやすいわ~←どっち?

ま、検索されたら終わり?な伏線は伏線とは呼べないけどね(泣)

 

あと、今回省いてますが倭生さんはアンドロイドが人間になるのを望んでいるので心臓から記憶を取り出そうとしたり、さとるが恋をしたって聞いてニンマリだったんです。

意外とマスター黒い設定。

平和(和=倭)に生きるって名前を付けたのに…黒いなんて…(笑)

しかも、しずきって知ってる人しか呼んでくなんない…。

シリーズの主人公なのに…。

 

そして、2つ出してわかるDOLLの話の軸。

ギリシャ神話と「造形物」の話。

これ書かなかったら一生伝わらない設定…。

リクエスト、あざーす。

ほんと、あざーす。

足向けて寝れない…。

ありがとうございました!