5.エメラルド
マスターのところからの帰り道、花森は僕と一言も口を利かなかったし、目もあまり合わせようとしなかった。
彼の沈黙は事実を受け入れきれていない証拠だと僕は勝手に解釈した。
口を開いてしまえば例えこれがさとるの意思でも『本物のさとる」をつなぎとめようと必死になってしまいそうなのだろうと・・・。
結局、僕を心配するふりして『本物のさとる』が大切なんだろう?
僕の花森を見る目は少し冷やかなものになっていた。
移植を決めてからの花森の動きは早かった。
次の日には各方面へ手を伸ばし移植への段取りをとりつけていた。
正直僕は花森がいざ実行となると二の足を踏み事態を長引かせるかと思っていたので正直驚いた。
もしかしたら長引かせると決心が鈍ると思っているのかもしれない。
3日後の13日・・・。
僕の身体からさとるがひとつ消える。
それは僕が、さとるが決めたことだ。
だけど、日にちが決まって、刻々とその時が近づいてくると言いようのない切なさが僕の心を支配した。
でも・・・・・・
不思議なくらいあんなに違和感を持ち続けていた心臓はとても穏やかで、切なさを受け入れていた。
もっと暴れるかと思ったよ…。
ま、君の決めたことでもあるけどね。
僕は規則正しい鼓動に手を当て、さとるに話しかけていた。
13日。
僕らの記念日だ…。
いつもと同じように始まった13日の朝はいつもと同じように花森の車でマスターの元へと向かう。
ただいつもはこんな早い時間にマスターの元は訪れないから低血圧の廉の機嫌は最悪だった。
僕はそんな廉の態度に花森に目を向け舌を出すと花森はぷっと吹き出した。
そんな花森に廉はさらに鋭い視線を投げ花森を挙動不審にする。
僕はそんな花森の姿がおかしくて肩を震わせた。
この前までの僕らの間の壁が気のせいみたいにひどく和やかだった。
「調子はいいみたいだね?」
マスターが背後からやってきて僕の背を優しくなでる。
花森はマスターに向かって深くお辞儀をする。
僕はマスターを見上げ無意識に唾を呑んだ。
「ふふっ。大丈夫だよ。さとるはいつものメンテナンスみたいに意識を落としておくかあっというまだよ。」
背に添えられたマスターの手のぬくもりが僕の緊張を吸いとるみたいだ。
マスターが言うとおり僕が意識を落としている間に「さとるの腎臓」は僕の身体を簡単に離れた。
本来アンドロイドは臓器のシステムを利用しなくとも人間と同じように動くものらしいので腎臓に代わるものを入れなくともいいらしいのだが僕の場合は他の臓器の機能・鮮度を維持するために腎臓に代わる機会を入れるということだった。
でも、脳が機械の僕にしてみればそれが至極当然のあり方のようで僕は特に違和感は感じなかった。
目覚めた僕にマスターは「さとる」をみせた。
こぶし大の二つの赤い塊は大人しく臓器保存用のケースに収められてる。
花森がすぐに病院に運んでいくという。
僕は言いようのない高揚感に包まれる。
僕は大人しく鼓動を刻むさとるにまた手をかざし語りかけた。
見てるか、さとる。
僕らの思いが実現する瞬間だ。
君はあのこの元へ行き、新たな命の支柱になるんだ。
なんて素敵な贈り物だろう。
それは僕らがあのこにあげる『もっとも素敵な贈り物』になるはずだ。
僕は僕で本来の姿を一つ取り戻した気がする。
本当に素敵な記念日だ。
さとるはさびしさからか、喜びからかトクンっと1つ切ない鼓動を僕に送った。