凍えるツバメの幸福4

4.IDEAにて

「…できない話ではない。…可能だと思う。」

マスターは神妙な面持ちで答える。

廉は表情を変えずに煙草の煙をくゆらす。

「じゃぁ・・・」

僕は嬉しさのあまりに椅子から飛び上がった。

「勘違いするな。」

廉は大きく煙を吐き出すと、まだあまり減っていない煙草の火をもみ消した。

「お前はさとるであってさとるじゃない。あくまでも所有物だ。所有物が勝手に自分の身体をどうこうしていいもんじゃない。」

冷たい蓮の視線が僕の心臓を射抜く。

「でも・・・僕を作るための代金は僕のが相続した遺産から払われているはずです。言ってしまえば僕の代金は僕が払ったんじゃないですか。僕は僕の物だ!」

マスターは深いため息をつく。

「いいかい?君の制作依頼主は花森さんだ。代金の出所なんて言うのは僕らには関係ない。君の所有者はあくまで花森さんだ。」

「花森が許すはずない!花森はさとるの信奉者だ!「さとる」を誰かに譲ろうなんてこと許すはずなんてないじゃないですか!」

僕は拳を強く握った。

「ふぅ・・・では聞いてみましょうか…。花森さん・・・こちらへ・・・。」

マスターが僕の隣のイスを指し示す。

大きな棚の陰から花森がそっと身を現した。

表情は・・・暗い・・・。

僕の顔を一度も見ようとせず花森は椅子に腰を下ろす。

僕は絶望に包まれ、ドサッと椅子に腰を落とした。

「きていたのか・・・。」

僕は目も向けずにつぶやく。

「はい・・・。病院でのぼっちゃまの様子がどこかおかしかったので…。こっそり家を抜け出されたようでしたので、こちらかと…。立ち聞きするようなまねで申し訳ありません。」

花森は謝る時もこちらには目を向けようとはしなかった。

「花森さん…さとるのお考えをどのように思われますか?あなたには所有者としての決定権があります。どうぞご遠慮なく。今はあくまで仕える身ではなく所有者としてのご意見でお願いします。」

マスターは下を向いてうつむく花森にまっすぐな視線を向ける。

花森はしばらくの沈黙ののちマスターへまっすぐな視線を向けた。

「さとる様の思われる通りにしたいと思います。」

僕の目ははっときらめいて花森を見つめる…。

「は、花森…どうして・・・」

花森はゆっくりを支援をあげさとるへ視線を送り返した。

「非常にぼっちゃまらしいお考えと思いました。私はぼっちゃまがこっそり臓器提供カードをご記入されているのを存じています。それを遺言とは言えそれを無視してしまったのが私の心残りでした・・・。」

花森も膝の上の拳を強く握った。

「さとるぼっちゃまの声にそういありません。幸いにもアイサコスには医療分野に強く、さとる様の臓器を取り出し特殊処理を施したシークレットチームもあります。彼らに任せれば穏便に臓器提供を行うこともできると思います。ご苦労をおかけして作っていただいた臓器と機械の共有ですがどうかさとる様の思いを…夢をかなえていただくお手伝いをもう一度お願いできませんでしょうか…。」

花森はマスターと廉に深く頭を下げる。

さとるもその姿を見てハッとし、同じように頭を下げた。

「臓器と機械の融合はリスクの多い状態ですからむしろ取り出すことは好都合と言わざるをえません。しかし、さとる・・・君の制作条件、遺言はあくまで「さとる」君を長くこの世に引きとめるために臓器とアンドロイド技術を融合させたんだ。その臓器を失うことは君の存在意義を1つ失うことと考えなさい。」

マスターが僕を強く見つめる。

「はい。」

と、僕は短く返事をした。

 

『僕の存在意義』・・・。

僕は違和感ばかりに気を取られ過ぎていたんだろうか・・・。

でも、これであの男の子は助かるし、僕の違和感は一つ消え、さとるの目的も達成される。

三方良しとはこのことだ。

僕は「さとる」がなくても、もう「さとる」だ。

臓器のための僕じゃない。僕のための臓器だ。