2.さとる
しばらくの微調整ののち僕は花森とともに記憶だけとなった我が家へと帰ることなった。
道中、花森は車を運転しながら僕に事故後の様々なことを教えてくれた。
パパの莫大な遺産は遺言の通り僕が相続し花森が後見となっていること、僕は奇跡的に一人生き残ったことになっていること、会社は元副社長を務めていた人が社長になってくれていること、花森は秘書から異例の若さで副社長という立場になったこと、僕は卒業間近の中学は休学扱いになっていること・・・
ママはずーっと前に亡くなっていたため思いのほか「僕」を作り上げるのは簡単だったこと、むしろマスターたちを探し当てることが困難だったこと、アンドロイドの条件がさとるの臓器を可能な限り利用することだったこと、そのため莫大な遺産の半分ほどが亡くなったこと、花森はそれを後悔していないということ・・・
しかし、なぜパパが僕にそこまでの愛情を注いだかはわからない・・・
なぜなら僕とパパに血のつながりはないからだ。
もちろんママとも血のつながりはない。
僕は施設から引き取られた「養子」だったからだ・・・
浅倉家の会社「アイサコス」は福祉、医療などで成功した企業だった。
そういった背景と妻の死から浅倉洋一は経営する施設からさとるを引き取り、後継者として育てたのだ。
パパは僕を大切にしてくれたし、優しいパパでとってもいい「親子」だったけど遺産の大半をつぎ込む価値が「さとる」にあったのか・・・僕にはわからなかった。
花森に聞いても良かったけどどんな答えが返ってきても僕は納得できそうもなくて結局着くまでに僕は聞きだすことができなかった。
僕の胸の鼓動は何だか違和感を吐き出すみたいにここで脈打っていた。
「さぁ、ぼっちゃま着きました。」
そう言って花森は車のドアを開けてくれた。
そっと身体を外気に曝すと顔を真っ赤にした老婦人が駆け寄ってきた。
「さとるぼっちゃまぁ~」
僕の身の回りのことをしてくれる家政婦のおタカさんだ。
おタカさんは僕の身体のあちこちを撫で、最後にふくよかな体で僕を包んだ。
「心配したんでございますよ!あんな大きな事故で2カ月もお戻りにならないからどんだけひどいお怪我をされているのかと・・・。花森さんは大丈夫だというばっかりだし…。わたくし心配で、心配で・・・。」
結局おタカ.さんは僕を抱きしめたままおいおいと泣きだしてしまった。
「ご、ごめんね・・・おタカさん・・・。ありがとう・・・。僕、頭を強く打っちゃってたみたいで中々戻るのが難しかったんだ。まだ・・・ちょっと前と変わったこと言うかもしれないけどきっとおタカさんのご飯食べたらすぐ良くなるから!」
そういって僕はおタカさんの背をなでる。
「それは大変でございました・・・。わたくし今日はぼっちゃまのお好きなものをたくさんお作りしておきましたの。たくさん召し上がってくださいましね。さぁ・・・中に入りましょう・・・。」
おタカさんはふあふあの笑顔をうかべると僕の手を優しくひいて家へと連れて行ってくれた。
僕はおタカさんの淹れてくれた甘いミルクティーでのどを潤した。胃に落ちる温かな感覚が僕の中の「肉体」を僕につきつけるようだったが鼓動ほど不快ではなかった。
おタカさんは僕の帰宅がよほどうれしかったのかそわそわと台所と僕の間を行き来してはクッキーは食べるか、プリンは食べるか、寒くはないか、熱くはないか、痛いとこはないか、眠くはないかとせわしく聞いてくる。
最終的に花森に『ぼっちゃまを休ませてあげてください』と台所へ押しやられてしまった…。
僕を心配してくれる人がいることが純粋にうれしかったがあれがずーっと続いては確かに身が持ちそうになかった。
「さとるは人に愛されていたんだな…。」
花森はにっこりとほほ笑むと「えぇもちろん。あなたはとても愛されていました。」と答えた。
・・・過去形か…。
まるで揚げ足取りみたいに言葉端をとる僕は果たして「愛されるさとる」なのだろうか…。
たしかに僕の記憶、思考パターンは生前のさとるの膨大な情報から導かれたものだが全く同じとは言い切れない。
脳は残すことは困難であり、あくまで分析に過ぎなかったからだ…。
さとるの基本的な思考は『優しく、他人思い』。
僕もそう動いているはずだが浮かぶこのもやもやとして「さとる」を冷静に見つめるような違和感は「さとる」のものと言い切れない。
むしろ僕からすれば「さとる」ではない違和感であり「生まれたさとる」特有のもののように感じられた。
これはあるべき存在か消すべき存在か・・・
それとも元々こういう感情がさとるの中に同居していたのだろうか…。
僕は花森へ微笑み返すと「うれしいよ」とだけ伝えた。
すると花森ははっとしたように飲んでいた紅茶をソーサーに戻す。
「ぼっちゃま・・・ぼっちゃまは一応当社の大株主となっており、ゆくゆくは社長についていただく身です。そこで浅倉家の人間として当社の福祉施設などにも顔を出していただきたいのですが・・・。」
つまり、僕に悲劇の少年として広告塔はてや客寄せパンダになれということか…。
「僕で役に立つなら喜んで…。」
僕は満面の笑みで答える。
胸の鼓動は僕の中で音を増していた。