凍えるツバメの幸福

1.生まれたての世界

長くつややかなまつ毛がそっと開いた。

「さとる・・・くん?」

誰かが僕の名を呼んだ。

よくわからないけど「それ」が僕の名だ。それは不思議と確信が持てた。

「・・・は・・・・・・い・・・。」

上手く声にならない。

僕をのぞきこむ髪の長いお兄さん・・・あぁ、マスターだ。

なんだろう・・・不思議と湧きあがるこの記憶は・・・。知識だけが僕の中にあり経験が伴わない不思議な感覚・・・。

「声が出にくいみたいだな・・・。」

「乾燥もあるだろう。水分を後であげるから・・・。」

そういうとマスターと廉がデータを打ち込んでいく。

「さとる様はご無事なんでしょうか…。」

メガネをかけたスーツ姿の長身の男の人が心配そうにかけよってくる。…僕…この人を知ってる…

「は・・・な・・・もりぃ・・・」

そう呼ぶと僕のパパの秘書の花森裕一はぱっと顔をあげた。

 

「ぼっちゃま・・・おわかりになりますか?」

「記憶は正常に作動しているようだな。」

周囲を見回すと僕の周りにはコードがたくさん伸びていて、たくさんの機械が波状を刻んでいた。

花森は僕の額をいつものように温かな親指でそっと撫でた。

「ぼっちゃま・・・ぼっちゃまは社長と事故に合われてこちらの倭生様と廉様のお力で奇跡的に命を・・・」

「ウソはやめろ。こいつにはすぐわかることだ。」

廉が鋭く花森を睨みつけ、花森は小さくひるんだ。。

僕には廉のいうその意味をわかっていた。

僕には『命』はない。

正確に言えば僕は生身の人間と機械の合わさったフレッシュアンドロイドと呼ばれるものだった。

脳や神経などは機械で肌や臓器は人間のものだ。

この臓器と記憶の持ち主が「さとる」という少年だった。

脳の代わりに詰め込まれたコンピューターに生前のさとるに由来するあらゆる記憶と感情パターンデータとアンドロイドの機能を守るデータが保存されている。

経験の伴わない知識というのはそういう意味だ。

さとるは父である浅倉洋一とともに事故死していた。

しかし、浅倉洋一の莫大な遺産と遺言で僕はつぎはぎされたアンドロイドとして生き返・・・いや・・・生まれたのだ。

だから、僕は「さとる」であって「さとる」ではない。

 

それは僕自身にとっても「さとる」を知る花森にとってもかなり複雑なことだった。

実際花森は僕の額を撫でた手を無意識にぬぐっていた…。

僕も中で脈打つ鼓動が気持ち悪かった。

そんな僕を作ったのが人形師という傍ら裏で人間と見まごうほどのアンドロイドをつくる倭生とそのサポートの廉だった。

「大丈夫だよ。」

マスターはそう言って僕に微笑む。

僕は安心感に包まれた。けれど胸で騒ぎたてる違和感は決して消えることはなかった・・・。

 

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