Ⅲ 夜の静寂
店につくと午前4時を回っていた。明日は店が休みになっている。ミッションの事後報告などのデスクワークをアヤと俺がやることになっていた。
いつもならこのまま夜の街に出かけるのだがなぜか今日はそんな気がおきない。ただ、自分の部屋の前に立ち尽くしていた。
意を決して冷たそうな金属のドアノブに手をかけようとしたとき、オミが声をかけてきた。
「ヨージ君、本当に大丈夫?本当にケガじゃないんだね?」
俺は胸のポケットからタバコを取り出しながら言う。
「何度言えばわかるのかな、この心配人間は…。」
タバコに火をつけて煙を吸い込む。
「倒れられて困るのは本人じゃなくて周りの人間なんだよ?」
オミがムッとした顔をしながら吸いかけたタバコを俺の口から引き抜いて火を消す。口が物寂しくてフゥーとため息をつく。
「バーカ。俺は大人の男なの。体調管理ぐらいお子ちゃまが心配しなくてもできんの。」
タバコを取られた腹いせにオミの髪をクシャっと撫でる。手に伝わってくるぬくもりがひどく気持ち悪かった。
「う・そ・つ・き」
オミは頭に置かれた俺の手をパシっと払う。
「はぁ?」
「僕の記憶だと1・2回倒れてるよね、ヨージ君。ミッション中に倒れたんだっけ?」
オミは意地の悪い笑顔を浮かべる。さっきの仮眠でずいぶん元気になったもんだ。
「1回か2回だろ?そんくらいみんなあんじゃねぇーか。」
「僕はありませ―ん」
「ったく…。」
俺は再びタバコに手を伸ばす。
「本当に大丈夫なんだね。」
オミの顔が高校生の顔からWei?のミッションリーダーの顔になる。俺はタバコに伸ばしかけた手を止めると「あぁ。」とつぶやいた。ドアをあけて部屋の中に入る。凍るほどの冷たさを想像していたドアノブはそれほど不快ではなかった。
暗い、物音一つしない、自分の部屋…。
逃げるようにバスルームに入り、シャワーに手を伸ばした。服がぬれるのも気にせず、暖かな雨に打たれる。次第に肌が温められていく。
瞳から溢れる雫もシャワーが隠していた。ようやく自分が声を押し殺して泣いていることに気づいた。
アスカ・・・。
アスカ・・・。
アスカ・・・・・・・・
1人の女の名前を呼び続ける。
理性に押しつぶされていた本能が顔を出す。
一人にしないで・・・。
置いていかないで・・・・・
ほとんど水気も取らず、濡れるままにバスルームのドアをすり抜け、ベットの端に腰を下ろす。
震える手でタバコに火つける。
暗闇にポッと紅い火が浮かび上がる。
じっとその火をみつめる。
あぁ…。
こんな近くにサソリの心臓はあったじゃないか…。
俺俺の求める、俺だけの紅い星…。
罪を戒める紅い炎・・・。
罪を焦がす地獄の業火・・・。
生まれたての蒼い星・・・。
終焉を迎える紅い星・・・。
澄んだ空の青・・・。
流れ出る血の紅・・・。
決して蒼い星とは違う憐れな紅い星。
アスカ、俺知ったんだ許されない罪もあるのだと
それを俺は背負ってしまったんだと
俺の手にしたこのサソリの火は
旅人を照らす火なんかじゃない
オリオンを殺した『殺し屋』サソリに与えられた
罪の『証』なのだ
自分を抱きしめるように腕を回し、瞳を閉じる。
そうすれば今でも愛しい君に会える。
例えそれが殺した瞬間の君だとしても。
例えそれが地獄へ落ちることでも。
おやすみ
願わくば
二度とこの瞳の開かぬことを・・・
FIN