星 ノ イノリ Ⅱ

Ⅱ     紅い星 

              
 しばらく車を走らせると後ろからオミとケンの寝息が聞こえてきた。店まで後2時間。いい仮眠になるだろう。ケンは冬休みになったガキとサッカーの練習、オミは補講のため学校がある。少しでも疲れを取っておかなくてならない。アヤはルームライトで本を読んでいた。
 
「アヤ、なに読んでんだ?」
退屈しのぎに声をかける。
「そろそろ目新しい花でも入荷しようかと思ってな。」
「ふーん。カタログ?好きだなお、お前…。」
「いや、花言葉辞典だ。」
「はぁ?花言葉?お前そういうの好きだったのか?」
俺は寝む気が一気に吹っ飛んだ気がした。
「いや、まったく興味がなかったんだが…。常連の…名前は忘れたがOLの女が花言葉を売りにしてみたらどうだとアドバイスをくれたんだ。女はそういうのが好きだからと。」
 
自然と頬がゆるむ。アヤから妹以外の女の話が出たのが意外でしょうがなった。
「そのOLってアヤの彼女か?お前、そんなそぶり全然なかったじゃねぇーか。やるねぇ…」
アヤはふぅーとため息をついた。
「ヨージ、どうしてお前はそういう風にしか考えられんのだ。常連の女だといっただろう?」
バックミラーでアヤの顔をうかがうと眉はつりあがっていた。アヤは案外わかりやすい。逆にわかりにくいのはオミだ。どこや感情を読みきれないところがあった。
「ハイハイ。アヤにはそんな甲斐性なんかありませんでしたね。」
「ヨージ・・・(怒)」
「で、なんかいい花あったの?温室物?それとも春入荷のヤツか?」
アヤはパラパラと本をめくった。何度か往復した後、1つのページで手を止める。
金盞花(きんせんか)…」
「金盞花か…。春物だな。鉢植えかバスケットだな。で、注目の花言葉は?」
 
「最後の恋…。」
 
アヤらしくもないチョイスに俺は思わず吹き出した。
「ぷっ、お前らしくもねぇ―言葉。起きてて大正解!得したー。」
 
いつもなら慌てて怒るアヤは窓の向こうの夜空を見上げていた。
「チッ、調子狂うな…。」
俺は小声で舌打ちをした。
 
「アヤ、どうしたんだよ」
アヤははっとしたように前を向いた。
「『あや』は…妹は知ってるよな?」
今日は本当にめずらしい。アヤはめったなことじゃ家族はもとい、妹のことを口にしない。周知の事実でみんな知っていることなのだが。
 
「あぁ…お前が見舞いに通う病院の眠り姫様だろ?」
「…妹はまだ16歳だ。きっと恋の1つもしていただろう…。そういうことは『お兄ちゃん』は知ってるようで知らないもんだからな…。あいつの恋が『最後の恋』になるには早すぎるんだ。まだ…まだ早すぎるんだ。」
 
いたたまれない気持ちでいっぱいになった。たった一言「そうだな」というのが精一杯だった。
 
 瞳を閉じてしまった眠り姫(アヤの妹)…。
その時から止まってしまったアヤと妹の思い出(ふたりの記憶)…。
 
そして、二度と動くことのない
俺とアスカの時計(ふたりの時間)…。
 
 
 
 『ヨージ!さそり座って知ってる?』
 
 遠い昔に聞いたアスカの声が遠くに響く。あれはアスカと過ごす初めての夏。金もないオレたちは真夏の夜を町内のしょぼい花火を安いビールを片手にベランダから眺めていた。
 
「さそり座?」
俺は熱帯夜の暑さにうなだれながらビールを口に運ぶ。
 
「ほらあの紅い星の周りの奴だよ。」
アスカは空を指差すが空には幾億の星が並ぶ。どれもが赤い星に見える。
 
「わかるかそんなもん。」
 
アスカはノースリーブにミニスカート。金が入らずこの夏はずっと同じような格好を着まわしていた。
 
「さそり座の話ぐらいは知ってるでしょ?ちっちゃい頃プラネタリウムとか行って聞かなかった?」
「はぁ?んー、確か横暴なオリオンが可愛い女の子たち…プレアデス姉妹?だっけ。あの昴とかいう星団になった奴。その子たちを追っかけてて、女の子たちを助けようとした神様が送ったサソリに刺されてオリオンは死に、サソリは空に行ったって話だっけ?」
 
アスカは勢いよくイスに腰を落とし、ビールのプルタブを開ける。
「ピンポ~ン!!さすが、ヨージ!さては星の話で女を落としたことがあるな?女の子追っかけるオリオンなんて、ヨージそっくりじゃない?」
「うるせぇ…。で、その話がどうしたんだよ。」
アスカはビールを口に運ぶと「あぁ~」と気持ちよさ気に息を吐く。
 
「でも、私の求めていた回答ではないんだな~!」
「はぁ?ピンポンって言ったじゃねぇか」
アスカはにっこりと微笑む。
「それもあるんだけど、もうひとつあるのよ、さそり座の話は。」
アスカは静かに缶を置くと立ち上がって手すりに手を置いた。
 
「むかし、むかし。たくさんの虫を食べ、たくさんの生き物をその毒で殺したサソリがいたの。ある日、そのサソリは大きな鳥に追われて…、今までエサを追う立場が餌として追われる立場になっちゃってことね…。で、そのサソリは追われる間に川に落ち、水中深くに飲み込まれたの。そのときはじめてサソリは自分のしてきた無益な殺生を後悔するの。『あぁ、僕はなんて多くの命を無駄に奪っていたのだろう。こんな死に方をするのなら鳥に命をあげれば良かった。鳥の命の糧になればよかった。何かの役に立てればよかった。』ってね。…神様はそんな改心をしたサソリを見てすごく喜んだんだって。そして、サソリを天の星にしたの。特に胸のところの星はみんながそのサソリの決心に気づくようにって赤い星にして…。今でもサソリは闇夜をさまよう旅人や動物の足元をその赤い星で照らしているのよ。」
 
アスカがクルッと振り返る。
 
「許されない罪は無いのよ、ヨージ。」
アスカの肩の向こうで大輪の花が咲いては散っていった。
 
 
 
 あの頃は深く考えなかった…考えられなかったアスカの言葉。まるで今のオレに時空を越えて投げかけられるアスカの言葉。
 
 アスカ…、俺は許されるのか?
多くの人の命を奪った。愛する女(オマエ)もこの手で殺した、この俺が。
 
俺でさえも許されるというなら、お前の側に…。
蒼い星(アスカ)の側にいけるというなら
決して(バツ)など恐れない。
いいや…、喜んで受け入れる。(それでさえも幸せ)
 
 
  どっかにいる神様。俺はサソリじゃない。
 
自分の犯した罪なんてとうに知ってる。
 
どんな罰でも受けるから、
どうか俺にもサソリの心臓(紅い星)を下さい。
 
 
込上げてくる切なさを振り切るようにアクセルを踏み込んだ。