星 ノ イノリ Ⅰ

Ⅰ     満天の星空

 
今にも降ってきそうな満天の星空が頭上に広がっていた冬のある夜。俺たちは東北の山中にいた。
 
今回のターゲットは東北のある別荘で悪巧みをする悪徳政治家たちだった。豪華な室内にはむせ返るような血のにおいと赤い飛沫…。足元には生ぬるい水溜りが広がり、4人の靴を汚している。靴ばかりではない、4人の全身を返り血が赤く染めていた。
 ワゴンに戻ると簡易シャワーでひとまず血を洗い流す。とにかく自分達の武器の片付けだけは済ませなければならない。明日の朝には組織の人間がこの辺一体を灰にしているだろう。自分の『足跡』さえも残せない、カナシイ ニンゲン …。
 
「おい、空を見てみろよ!」
車を走らせてしばらくしてからケンが叫ぶ。ケンは窓から首を出し、空を見上げていた。
「うぁー、寒い!でも、キレー!やっぱり冬の郊外は星がきれいだね!」
オミが歓声を上げる。ヨージは車を左端によせると車を降りた。
吐く息は白く、北風が肌を刺す。寒さに背筋がゾクッと震えた。星の光は幾光年の距離に阻まれることもなくこの清んだ冬の大気に包まれて4人の元へと降り注いだ。
 
「母さんや叔父さん…凰華…兄さんや父さん達の星はどれかな?」
オミはワゴンにもたれて空を仰ぐ。
「何だそれ?」
よじ登ったボンネットの上からケンが聞く。
「ほら、死んだ人は星になるっていうでしょ?罪を犯した兄さんたちや、父さんの星もあの中にあるのかなって思って。」
オミはそっと空に向かって手を伸ばす。
「そういえば昔、シスターにそういう話をよくしてもらったっけかな…。」
 
4人はそれぞれ、この世にはいない大切な人を心に浮かべる。こういう仕事をしているとつらい運命に出会うこともある。大切な人を何人も無くしてきた。いつのまにか大切な人を作ろうとさえしなくなっている。失うことの悲しみに慣れても、失うことの恐怖には慣れないのだ。神は俺たちの全てを見捨てたのだろうか…。この血にまみれた子供達を…。
 
 ヨージの瞳の中に蒼い星がうつる。なぜかそれはアスカの星なんだと直感する。透明な光はアスカの輝く瞳を思い起こさせた。
 あの頃とはもう何もかも違ってしまった…。生きる知恵をつけたといえば聞こえはいいが、ようは社会の闇に汚れてしまったのだ。
 希望も夢も捨てていつ終わるとも知れない命の中で刹那の快楽と絶望の中に身を置く。苦しみと悲しみに包まれながらもう俺のもとへと戻ることはないアスカを思う。この手には戻らないと知っているからこそ吹っ切ったように多くの女達と関係を重ねられるのだ。
 例え、アスカが生きていても果たしてこの腕で彼女を抱きしめられるのだろうか。大切だからこそ、この血で汚れた手で触れられない。他の女達は俺にとってどうでもいい女だからこそ、この穢れた手で抱けるのだ。
   「冷たい男」…なのだろうか…。
 
どん底の人生を歩きすぎて…あまりに異質な生活を送りすぎて、俺は感情さえない殺人マシーンになってしまったのだろうか…。でも、そうでもしないと自分の罪に押しつぶされ、壊れてしまいそうだ…。もし、俺が壊れたら敵も味方もなく傷つけてその屍の頂で幻想の快楽に落ちていくのだろう。
左腕に彫られた「SIN 罪」というタトゥ。これは俺への戒め…そして、俺が壊れないためのお守り…。
 
不意に涙がこぼれた。
 
 「どうした、ヨージ?」
座りこんで静かに涙を流す俺をアヤが気遣う。
「さっきのミッションで怪我でもしたのか?」
ケンが頭上から声をかける。
「ヨージ君、酷いの?何なら運転をアヤ君と変わってもらったら?」心配する仲間に俺はなんとも言えない気恥ずかしさを感じた。…そうだ、俺だけじゃない。押しつぶされそうな不安と罪に耐えているのは…。そう、こいつらも…。
「たいしたことねぇよ。昔の古傷が痛むの。」
「そう?ならいいんだけど…。」
オミはにっこりと微笑んだ。
 古傷…、消して癒えることのない心の古傷…。
 
 
俺たちは死んだら星になれるのだろうか。
 大切な人の元に帰れるのだろうか。
 
 「神様・・・!」
 信じてもいない神に柄にもなく祈る。
 
どんな罰でも、どんな仕打ちでも受けます。
だから…
だから、近い将来
この命の尽きるとき
大切なアスカの側へいけますように…。
   この夜空の星になれますように…。
 
 
 満天の星空に祈りをささげ、3人の待つワゴンへと戻った。