「暦の上ではもう秋だというのに毎日暑い日が続いてます(´д`;
夏休みももうすぐ終わりなのに宿題が終わっていません(-_-;)
マジでヤバイです。」
そこまで打つと私は手を止めた。そこから何をかいていいのか、どうかいていいのか全くわからなくなってしまった。
誰かに伝えたかった。彼女のことを・・・。
私は3日前のことを思い出そうとした・・・。
友達の一人、リコとの連絡が途絶えてから2日目のことだった。リコは普段からあまりたくさんのメールをやりとりをするタイプではなかったが打ったメールに短いながらの返事を必ず返す律儀な子だった。そんな彼女に愚痴メールを送ったが翌日になっても返事はこなかった。その時は忙しいのかなとか旅行にでも言っててメールどころじゃないのかなとか思ってた。
なのに、その日いきなり『うちに遊びに来ない?』というメールが来た。ご丁寧に地図まで添付してあった。メールはするけど家に呼ばれるほど仲がいいわけじゃないので『何で?』とは思ったが、夏休みも終盤。対外の友達とはこれでもかと遊びきってしまったところだったので私はリコの家に行くことにした。
リコの家は自転車で20分ぐらいのとこにあった。学校帰りに隣り駅で降りることは知っていたが意外と近いことにちょっとした親近感がわいた。
リコの家は小さな2階建てアパートの1階奥にあった。
インターフォンを押すとすぐにリコがドアを開けてくれた。
『一人暮らしなの』とリコは笑った。ウザイ親が一緒じゃないなんて羨ましいと私が言うとリコは何も言わずに笑った。
リコのお城は6畳ほどの1Rだったがきちんと整頓され女の子が1人で住むにはちょうどいいくらいだった。小さなタンスとシングルベット。そして2ドアの冷蔵庫。中央には小さなテーブルが置かれ、リコはドアと反対側の奥の席を勧めてくれた。
私はベットに寄りかかるようにして座った。
リコはキッチンの上から用意してあったコップと500のペットを持ってきた。私は自転車をこいでノドがからからだったので差し出されたお茶を一気に飲み干した。だけど、それは生ぬるく、私の渇きを癒してくれそうはなかった。
『ゴメンネ。カオルが来るまでにぬるくなっちゃった。あせって準備しすぎたよ。』
『何~。そんなに私が来るのが楽しみだったか~?』
『ふふふ。まぁね』
そう言ってリコは笑ったがなんとも言えない違和感が残った。なんだろう?
リコは冷蔵庫にもたれるようにして座った。そしたら、こっちむくのにいちいち首を曲げなきゃじゃん!とか思ったけど、リコの定位置なのかもと思い深くは触れなかった。
『で、相談って何?』
『え?』
『そ・う・だ・ん。あるんでしょ?』
『あたし相談事があるなんていったっけ?』
『んにゃ。だってわざわざリコが呼び出すから、これは何か悩み事かなーとか思ったわけ。あれ、もしかして早とちり?』
『んん。違ってない。相談したいことあったから呼んだの。でも、すごいね。さすがカオル。友達多いわけだよ。私と正反対だね。』
『そんなに褒めてもモスはおごってやらんよー。まぁマックならおごってやらんこともない。』
そう私が言うと二人で笑った。でも、すぐリコは笑いを止める。
『誰にも言わない?』
『カオルさんは尻は軽くても口はこれで中々軽くはないよ~。』
『もう・・・。ん。カオルなら大丈夫だって思う。だから、誰にも言わないでね。』
『わかってるって。』
そう言って私は残ったぬるいお茶を飲み干した。
『あたし、子供降ろしたの。』
『子供?リコ妊娠してたの?』
リコは黙ってうなづく。
『い、いつ?いつ降ろしたの?』
『おととい。』
メールが帰ってこなかったのはそれでか・・・。あたし、なんかのんきに考えてた・・・。
『で、相手は?』
『2組の武井。』
『あんたら付き合ってたの?』
また、リコは黙ってうなづいた。
武井はどこにでもいる普通の感じの少年。背丈も普通、顔も10人並。成績は悪くもなく、よくもない。確かバスケ部だったっけ。まぁ普通なりに浮いた話も1つか2つ聞いた記憶がある。でも、リコとの話は聞いたことがなかった・・・。
『ビックリー。言ってよ、もう。・・・あー、でも降ろしたってことはあんまし仲上手くいってない?』
リコは黙って首を横に振った。
『え?じゃーなんで?』
『あたし、子供なんて育てられない。うちの親、海外を飛び回ってて中々帰ってこないから親ってのがどういうものかわかんないの。それなのに子供産むなんてできないよ。産んだら育てなきゃだもん。』
『武井は?』
『責任とるって。育てようって言ってくれてたんだけど・・・。でも、昨日勝手に降ろしたのがばれて殴られた。怒って帰っちゃった。』
リコを殴ったのを差し引いて武井はできた男だ!と心の中で拍手大喝采をした。でも、それって・・・
『普通逆じゃない?』
『だね。』
そういうと長い髪をかき上げて笑った。
『でも、お金とか大変じゃなかった?武井にも相談しなかったんでしょ?』
『それなの。相談って。』
『何ー?お金ー?そりゃ、病院とかってすんごくお金かかるって効いたことあるから何とかしてあげたいんだけど・・・限界あるよ?』
リコの相談が金のことだと思うと少々腹が立ったが切羽詰ってることを考えるとしょうがない気もした。
するとりこが大きく頭を振った。
『違うの!』
『・・・私、病院いくの怖くって自分でトイレで降ろしちゃったの・・・。』
『え?トイレってそこの?病院じゃないの?』
私はドアを入ってすぐにあった部屋のトイレを指差す。
『うん。薬飲んでりきめばすぐだって言われて・・・。』
『薬ってどっからそんなもの!』
『ネット・・・』
私は大きくため息をついた。妊娠したしないって話ははじめてじゃないがなんていうか・・・リコの場合は現実離れしてるっていうか・・・壮絶。
『で?』
『ん?』
『何を相談したいの?私に何をして欲しいの?そこまでできたら、あんた立派なもんだよ。よくやった。』
私はドキドキとする心臓を悟られまいと平静を装って何だか分けもわからず偉そうに腕組してうなづく。
『まだ・・・なの・・・。』
『ん?何が?』
『降ろした赤ちゃん処分できないの・・・。』
『・・・・・・・・・え?・・・・じゃートイレに・・・まだ・・・?』
『うんん。袋に入れてここに・・・。』
そう言ってリコは背中にある冷蔵庫をこつこつとノックする。
じゃーこのお茶とかも一緒に?そう思う問いからお茶が逆流しそうになる。
『あ。お茶とかはちゃんとはコンビニから買ったまんまだから。大丈夫。中身とか全部出してあるの。』
ありがと。あんた用意周到だよ・・・。
『リコにはね。この赤ちゃんを埋めるの手伝ってもらいたいの・・・。』
何で私に頼むんだ-!って言葉を飲み込んだ。そこまで大事なことを私に頼んでくれたことがちょっとだけ、ほんのちょっとだけうれしかったから。
『わかった。で、どこに埋めるの?』
『電車で少し言ったところに山があったでしょ?そこにしようかと思って・・・。今朝一人で一回行ったんだけどね・・・。埋めれなくって・・・。で、リコと一緒ならできそうな気がして・・・。武井は・・・ホラ、けんかしちゃったし・・・。産んで欲しいって言ってたのに降ろしちゃったから・・・今、顔あわせづらいんだ・・・。』
『わかった。』
そう言って立ち上がると冷蔵庫を開けようと手を伸ばした。
『ダメ!』
リコは今までに聞いたことがなくらい大きな声をあげて、私の手を払った。私はリコの声大きさとリコが手を払ったことの両方に心底ビックリした。
『冷蔵庫には誰にも触れて欲しくないの・・・。ここは私の「子宮」。この子はまだ私のナカで眠ってるの・・・。』
そういうとリコは顔を覆って泣き出した。
そうだね。好きな人の子供だもん。産んであげたくない分けないよね。愛しくないわけないよね。降ろして傷ついたのはリコだったんだもんね。せめて自分の力で命を終わらせたかったんだね。それがリコの最初で最後の愛情表現だったんだね。
相手だって望んで、自分だって望んで授かった子供を殺しちゃうなんてあんたバカだよ・・・。武井、あんたよく殴った・・・。
『リコ、あんたすんごくバカなことしたけど責める気にはなれないよ。虐待とかそういうニュース見てて不安になっちゃったんだよね?自分で自覚できるほどの親からの愛情を感じなかったんだもんね・・・。でもね、親になってみなきゃわかんないじゃん。あんた「ママ」に向いてるかもしんないじゃん。武井だってなろうとしてくれたんだろ?この子の「パパ」に・・・。』
そういって冷蔵庫をノックする。
リコはしばらく私にすがり付いて泣いていた・・・。
その後はもう、流れるような作業。
リコが泣き止むと私は静かに外へでた。
しばらく待機してるとリコが小さな箱を持って出てきた。握りこぶしよりもちょっと大きな箱。冷蔵庫なんて入ってるからどんなに大きいかと思っていたけどあんた案外ちっちゃかったじゃん。生まれてたら『カオルオバちゃんですよー。』と笑えないギャグの一つも飛ばしてやったのに・・・。ざんねんだったね。
あとは電車で終点まで行って、少し山登りをして・・・。
きれいな山ユリが咲いているところを選んで決めた。リコは小さな箱を大事そうに抱えている。
もうほとんど道らしい道のない獣道のそば。二人で並んで地面を見ていた。
しばらくボーっとしてると「遅くなった。」と声がした。武井だ。
『どうしてここが?』
リコはぎゅーっと箱に力をこめる。まるで大事な玩具をとられそうになって必死になる子供みたい・・・。
『倉沢がメールくれたんだ・・・。』
『カオルが?メルアド知ってたの?』
『んにゃ。今日はじめて知った。カオル様の情報網をなめるなー。・・・勝手に言ったのは悪かったと思うけど、やっぱりさ・・・。お互いにその子のこと真剣に思ってたみたいだからここはやっぱり私よりも武井が適任・・・というか武井じゃなきゃいけないと思ったの。武井も知らないうちにはいおしまいって訳には行かないと思って。』
『カオル・・・。アリガト・・・』
そう言ってリコはまた泣いた・・・。でも、ちょっとうれしそうな涙・・・。ちょっと一安心。
それからリコと武井は2人で箱を埋めた。道具なんて使いたくなかったみたいで汚れるのも気にしないで手で掘った。小さな箱だったから収まるくらいの穴簡単に掘れた。私はまるで結婚式を見守る神父さんみたいに何をするわけでもなく2人の姿を真剣に一生懸命に見守った。こんなに真剣に何かを見てたの小学校の夏の自由課題で『アリの観察』をやった以来だね。
リコはずーっと泣いてたけど私は泣かなかった。武井はけっこう耐えてたみたい・・・。私が泣かなかったのは悲しくなかったからじゃなくて、同情で泣くのはリコに対して失礼だと思ったから。だって、私まだ、そんな経験したことないからリコの気持ち100%理解して上げられないもん。だから・・・泣かなかった。
帰り道、武井とリコは泥だらけの手をしっかりと繋いで山を降りた。私は2人の後を少し離れて歩いていた。
2人の手、泥でよごれていたけど『汚い』とは思わなかった・・・。むしろ、なんかすっごくきれいなものを見ているみたいだった。正直、羨ましいくらいに・・・。
「宿題手伝って!」
私はメールの最後をそう締めくくった。あいつはきっと手伝ってくれはしない。残念ながらあたしの男の見る目はないから武井のようないい男を捕まえなかった。年上の絶対遊びにしか思ってないリーマンだもん。こんな自信って何だなーって思うけど、きっとそのうちうちら別れるもん。武井とリコはどうなるかわかんない。だってうちらまだ若いから・・・。
しばらくして「嬰児の死体遺棄」というニュースが流れた。でも、私たちではなくどっかのおばさんがだんなに内緒でできた子を隠すためにやったらしい。そこで私ははじめて子供を降ろすってことが罪になると知った・・・。
でも、誰にも言わない。
だって、約束だから・・・。3人・・・んん、4人の約束だから。
リコ部屋の冷蔵庫はまだ、空っぽのままそこにある。
FIN