ハロウィンの朝、ふっと目が覚めた。
寝ぼけ眼で周りを見ると枕もとにはお菓子がたくさんおいてあった。きっとママが置いてくれたんだろう。ハロウィンの朝には必ず置いてくれる。
僕の好きなナッツ入りのクッキーやイチゴミルク味のキャンディ、甘い甘いチョコレート。
身体を起こしてみると、布団の上では僕の飼っているネコのロイが丸くなってる。いつもは先に起きて僕に朝ごはんの催促をするのに…。
時計を見るとまだ6時。僕にとっては『ちょっと早すぎ?』な時間だ。ロイが目を覚ましてないのも当然。
ベットからそっと抜け出ようとするとスリッパの横に小さな袋に入ったキャンディを見つけた。
『ママが落としたのかな?』
そう思って拾い上げた。あれ?僕の嫌いなミント味のキャンディだ。ママが気づいて抜いたのを落とした?うーん。違う気がする。じゃなんで?僕の頭の上には『?』マークが飛び跳ねてる。
起きた僕に気づいたのかロイが目をあけ、あくびをするとスッとベットをおりて僕の足元にまとわりついてきた。
『ご飯がほしいのかい?』
そう聞くとロイは『にゃ―ん』とないた。ゴハンをあげにキッチンに行こうと一歩踏み出したとたん僕のイタズラ心に火がついた。
『そうだロイ。今日はハロウィンだから君にもお菓子をあげよう!』
そう言って僕はロイを捕まえ、ジタバタするのを逃がさないように両手の上の方で挟み込んだ。そして、僕の嫌いなミントキャンディをロイの口に入れた。ママは人間の食べ物はネコには余りよくないからあげちゃいけないっていけないって言うけど今日はハロウィン。イタズラしてもいいもんね。
ボフン
おかしな音がロイのおなかの中でした。ビックリしてロイから手を離すとロイが『ケホケホ』いってた。
『何するんや、セイ!』
僕は口をぽかんと開けた。ロイがしゃべってるのはわかるがうまく状況がつかめない。
『これはあんたが食べなアカンやろ?なんでうちが食うとるんよー。もう、しゃーないなぁー。』
ロイはそう言うとスクッと2本足でたった。僕はもう、声も出ない。
『今年でセイは10歳やろ?魔法の国にいける最後の歳やのに…。抽選にあたるのはえらい確立やの知ってるやろ!』
何の事だか知らないから僕はぶるぶると頭を振った。
『せやなー、知っとるわけないなー。うちゆうてへんもんなぁ…。』
僕はコクコクとうなづいた。
『せやかてネコにキャンディ食わせるアホがおるかい!ったく、せっかくの魔法の国に行ける切符を魔法の国の案内人…案内ネコ?まぁええわ。うちに食わせてどないすんねん。…しゃーないなぁ。門番さんに事情言うしかあらへんなぁ…。また、エドガーさんにどやされるわー。あの人恐いから会いとぉないなぁ…。しかし、やったってしもぉたこと後悔してもしゃーないからなぁ・・・。』
そういってロイは僕のパジャマのすそをつかんだ。
『ほな、行で。』
『行ってどこに?』
『せやから魔法の国にや。日帰り招待券があったったって言うたやろ?』
『聞いてないよ!』
『今、言うたやん。』
『ねぇ、何でしゃべってんの?』
『うちらネコは魔法の国の住人やねん。ネコだけやのうて、こっちじゃ動物っていわれとる生物はほとんどあっちの生物やねー。向こうじゃこうしてみんなしゃべるんやけど、こっちじゃ都合が悪いさかいに、口がきけんようになっとるん。わぁったか?』
『う、うん』
『なんや、わかっとらんような返事して。わからんかったらわからん言えや。』
『わ、わかってるよ』
『ならえぇんやけどな』
そう言うとロイはすたすたと鏡に向かって歩き始めた。
『ここ入り口やねん。はよ来ぃや。』
『う、うん。』
僕は鏡の前まで歩み寄った。
『ホレ、手ぇつなぎ。はぐれるで。』
僕は小さなロイの手をぎゅっと握った。訳がわからないけど、めったにないチャンスらしい。言って見なきゃ損だよね。いばりんぼのジャンにだって、わががままエリーにだってこんなチャンスはなかったかもしれない。僕だけのチャンス。
『えいっ』っとロイと2人で鏡に飛び込んだ。ちょっと恐くて僕は目をつぶってしまった。
『目ぇ開けーや。もう着いたで。』
ロイの声に目をあけるとそこには大きな門があった。門の前にはイタチとハスキー犬が2匹づつ立ってる。
ロイは僕を門の前まで連れてった。
ロイはその中で一番大きな茶種のハスキーに話し掛けた。
『ジョーイさん、えらいすまんけど、このボン、うちにキャンディ食わせてしもてこのままなんですわ―。セイって言うんやけどなんとかならんかいなぁ―。』
『ったく、今回はお前か。毎年誰かやるが…。まぁ、なんとなくお前の飼い主だからやりそうな気がしてたけどな。ほら。』
そう言うとジョーイと呼ばれたハスキーは水色のキャンディをロイに手渡した。
『えらいすいません』
ロイはそう言って頭を下げた。トテトテとこちらに戻ってくるとキャンディを差し出した。
『ホラ食わな。』
僕は固まった。あのスース―するミント味のキャンディ。好きじゃない。僕はブルブルと首を振った。
『ミント味だと思うから食われへんのや。なんやろなぁ…せや、これはメロン味。メロン味やと思って。ほれ。』
僕は思い切って口に入れた。・・・あれまずくない。スース―してるけど前に食べたときほどまずくはなかった。
キャンディはすぐに口の中で液体になった。ゴクン。飲み込むとおなかの中でボフンと音がした。ビックリしたのも束の間僕の身体はスーッと縮んでしまった。
気が着くと僕の身体はロイと同じ大きさになって、青いパジャマは黒い毛になっていた。ロイの瞳の中には黒いウサギがうつっている。
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僕は声にならない声を上げた。ウサギ~!?
『よし!いくで』
『何で?ウサギ?』
『何でって言われてもなぁ。こういう決まりやねん。なんか動物にならんと。大丈夫やて。帰る時には戻るさかい。』
そう言うと目線が同じくなったロイが僕の手をひく。
『おめでとう。』
門をくぐるときイタチもイヌもそう言ってくれた。みんな僕が来たことを祝福してくれたみたいだった。ちょっと嬉しい。
門を抜けると大きなお城が建っていた。
『あそこまで行くねんで。』
ススッと横からネズミが出てくる。手にはホウキを持っていた。
『何だ今年はお前んとこの飼い主か。すげぇじゃん。今年の抽選すごかったらしいからなぁ』
『お前んとこの飼い主は呼ばへんの?』
『それ嫌味か?うちのよぼよぼジィさんは年齢制限に引っかかるだろ。』
『せやったなぁ。』
ロイはニヤニヤと笑う。
『さっさと行けよ、このいんけん猫め』
ネズミはホウキを手渡した。
ロイはホウキをまたぐと後ろに乗るように言った。
ロイが軽く地面を蹴ると、ホウキはフワッと浮いた。僕は怖くなってロイの背中にしがみつく。
『恐いことあらへん。目ぇしっかり開けてみぃ』
そっと目をあけると見たこともない景色が広がっている。お城を囲む町並み。まるで昔の城下町みたいだった。
『お城の一番てっぺんに魔法陣が書いてあるやろ。あそこに降りんで。』
そう言うと何かに吸い寄せられるように魔法陣へと降りた。胸がどきどき言ってる。恐いから?ううん、きっとそれだけじゃなかった。
『どやった?』
『すごーい!気持ちよかった!!たのしぃ~!!風がこうなんて言うかぁ!』
『はい、はい。』
ロイは口ではあきれてたみたいだけど顔はニッと笑っていた。
なんだか僕も嬉しくてニッと笑ってしまった。
ロイに導かれるままにお城の中を歩くと、大きな扉の前にタキシードを着たキツネと亀が立っていた。
『お待ちしていました。セイ様ですね。』
そういうと2匹は扉を開けてくれた。
中にはたくさんの動物がいて。テーブルの上のお菓子を楽しそうに食べていた。
『うちらも行こか。』
僕は時間を忘れてロイと遊んだ。音楽にあわせて踊ったり。気ままにお菓子を食べたり。いろんな動物とおしゃべりをしたり。トランプをしたり、かけっこをしたり。中には王様みたいな格好をした白熊とお姫様みたいなインコもいて楽しかった。
どれぐらい時間がたったんだろう。ロイがふと手を握った。
『そろそろ帰ろか…』
『えぇ、まだいいじゃん』
ロイは首を横に振った。
『ここはセイのいる場所じゃないやろ?帰らな。』
『まだ、ここに居たい。ロイとこうして話ができるんだもの。あっちじゃ話せないんだよ?こうして遊べないんだよ?もうちょっとだけ、もうちょっとだけでいいからさー。ね。』
ロイは首を縦に振らない。
『セイ、えぇか。この国は魔法の国や。何が魔法って、全てが作りもんやから魔法やねんで。誰かの書けた呪文の中の世界や。ここに呼ばれるのはあっちの世界でどうにもならん『願い』をもってるもんばっかりや。ちょとでもそれを忘れるためにつれてくる。門のとこで会うたネズ公おるやろ。アレの飼い主はどうにもならん病気持っててな、でも病院に行く金がないねんで…。
『でもな、そういうどうにもならんことを願っているもんがここに来てここでは願いが叶うと分かるとここに住み着いていまう。…長くいるとうちみたいになってしまうのになぁ…。』
『・・・ロイも昔は人間だったの?』
ロイは悲しそうな顔で『昔な…』と笑った。
『わかった。僕帰る』
ロイはニコニコ笑った。『そうしとき…』と小声でつぶやいたのが聞こえた。
『セイ、普通に生きてると気づかんことがある。お前が強く願っていることも、叶わないと思っていることも案外もうちょっとがんばれば叶うんやで。それに、今のお前のままでも十分ええ人間やで。な。』
そういうとロイは僕の額に手を置いて呪文を唱え始めた。僕はふっと気が遠くなっていくのを感じた。
『ロイ…僕ね…』
何かを伝えたかったのに口が言うことをきかなくなっていた。
『がんばりや…』
そう微笑むロイの姿が見えた。
『セイ、起きなさい。セイ!』
ママの声に目を覚ますと僕は鏡の前で寝ていた。
『全くこんなところで寝て。ロイはもうお出かけしちゃったわよ。お寝坊さんなんだから。』
鏡に映る自分の姿。僕の嫌いな自分。鏡に映る僕の姿はどう見ても女の子だから。サッカーが好き。かけっこが好き。人形遊びは嫌い。おままごとは嫌い。
女の子らしくが解らなくて『男の子』になりたかった。それが僕のどうしようもない『願い』。がんばって男の子のかっこうしても『男の子』にはなれない。『女の子』といてのなじめない自分。そんな中途半端な『僕』が一番嫌だった。
でも、なんかどうでもよくなった。
ロイと魔法の国に行って遊んでみて。ウサギになってみて。どうでもよくなった。僕は…『私』は『私』だとわかったから。
ニャーっという鳴き声がして振り返った。ドアのところにロイがいた。
『ロイおいで』
そう言うとロイは擦り寄ってくる。
『ありがとう。』
『私は大丈夫。何とかなりそうだよ。』
するとまたロイはニャーと鳴く。
『夢』だったかもしれない。でも、とっても大切な時間を過ごしたのは自分でもわかる。だって、きっとあれは初恋。あの短い時間の中でロイには初恋をしてたんだと思う。
もう二度と会えない『君』。だけどずっと側にいる『君』。それは何よりも強い魔法になる。きっと何とかなる。
そんな気がした。