Snow

セイが人間界に戻った。

 
彼女の話は聞けても、もう僕の声は届かない。
 
後悔はしてない…と思いたい。
 
ただ…セイを引き止めることは僕のわがままだから。
 
 
 
『ロイ~ごはんよ~』
 
レイナが僕を呼ぶ。僕は急いで階段を駆け下りる。缶詰から取り出されたネコ缶を舌なめずりで待つ。喉がもうゴロゴロと鳴ってる。レイナのくるぶしにアリガトウのキスをする。
 
レイナは僕のおでこを数回撫でるとコンロにかかったシチューを回し始めた。
 
レイナはセイのママだ。
 
 そして、僕の初恋の人。
 
 『おいしい?』
 
こっちを見てにっこり笑ったレイナはやっぱりあの頃と変わらずかわいいなーとか思ってしまう。
 
一生懸命缶詰を口に押し込んでさっさと二階に戻る。
 
未練たらしい男だ・・・。本当ならレイナと同い年の34歳なんだろうけど心の成長はネコになった16歳のままとまってしまった。
 
鏡に手をかけ魔法の国を思い浮かべる。体がスーッと鏡に溶け込んでいく。
 
 
『ロイー?あら?寝てるの?最近よく寝るわね。ブクブクのおデブネコさんになっちゃうわよ。』
 
鏡の中から部屋の様子がちらりと見えた。レイナが扉を開けて何か言ってたみたいだけど体半分はもう魔法の世界だったからもう引き返せないんだよね。また、明日。
 
 
 
 
魔法の国に飛ばされるとそこは一面の銀世界。
 
『せやった!今日は天気予報で雪って言ってたわー。』
 
着地するとさくさくと音がする。
 
門番のカイルが走ってくる。手には長靴と傘とレインコートがある。
 
『お前長靴とかもってないの?もうすぐまた一降り来るぜ?ほら、貸してやるよ。』
 
『悪いなー。でもさ、黄色ちゅうのはどうよ。最近向こうでも幼稚園児しか着てへんでー?』
 
『これしかもう残ってねぇーの。グダグダ言ってると振ってきてべたべたになるぞ?』
 
『わかった!しゃーないなー。』
 
カイルは黙って手を出す。
 
『なんや金とんのかい。世知辛いなー。ただで貸しとけ。お前友達やろ?』
 
『友達でもこっちは雇われ業者だ。』
 
『…今、持ち合わせないからツケとき!』
 
『毎度vv』
 
ガサガサと袖を通す。ちょっと大きい気もするがそれは何とか我慢しよう。
 
『森のほうには盛大に積もらせるらしいから行ってみたら?』
 
『おう。そうするわ。』
 
 
そう言って手を振るとテクテクと森に向かって歩き出す。
 
足で雪をつぶしながら歩く。
 
 
サク   サク   サク
 
 
なんだかその音が気持ちいい
 
本来この世界に天気という概念はない
 
『晴れ』しか存在しないからだ
 
 
でも、長く人間界で暮らしていたカメのレセップじいさんが雨が懐かしいといってファクトリーという雨を降らせる工場を作った。
最初は本当に『雨』を降らせていたのだが面白味がないと言い出してジュースを降らせ出したのだがベタベタするといわれて大不評。そのうち『飴』と『雨』をかけてアメが降り出した。子供には好評だったし、大人はこれ以上変なものを降らせないようにと『アメ』で落ち着いた。
今では雪が懐かしいという投書からワタアメが降っている。
 
一応前日に天気予報と呼ばれる『降らせるものリスト』が配られる。街の人はそれを見て洗濯物を中止したり、傘を準備したり、網を準備する。
 
降った2・3日後には魔法で回収されちゃう。
 
 
 
ボーと歩いているうちに森についてしまった。
 
入り口ではパンダのおじさんが立っている。警備員というやつだ。この世界にだってケンカとかはあるわけで、そんなのを仲裁している。
 
『間に合ったね。後5・6分で振り出すようだよ。ほら、ファクトリーの雲がやってくる。』
 
空には人間界では見かけない作り物みたいな白いモコモコの雲が近づいてきていた。
 
『ありがと。』
 
僕は礼を言うと森の中に進んでいく。小さな子供が袋を片手に走り回っている。
 
 
『セイも連れて来たかったな…。』
 
そうつぶやいて笑ってしまった。
 
さっき後悔したばかりなのに…。
 
 
突然、上から耳がいたくなるようなスピーカー音が鳴った。
 
『これから、雪を降らせますぞー!!!』
 
レセップじいさんの声だ。
 
僕はもっと奥へと歩き出す。
 
森のはずれには小さな丘があってそこはあまり皆の集まらない『穴場』というやつだった。
 
 
 
僕はごろんと横になって上を見上げた。
 
小さなワタアメが本物の雪みたいに降ってくる。
 
雪が降ってるのに床春気温でちょっと変な感じ。
 
 
大きく口を開けると雪が口の中に入る。
 
甘い
 
甘い
 
甘い
 
 
なんだかわからないけど涙が出た。
 
僕は何が悲しいんだろう。
 
僕は何が悔しいんだろう。
 
それともうれしいのだろうか…。
 
 
セイのことが好き。
 
でも、それはレイナの娘だからなんだろうか…。
 
レイナの身代わりなんだろうか…。
 
今でもレイナのことは好きだけど前ほどではないと思う。
 
心が狂ってネコになってしまうほど
 
ネコになってもそばにいたいと僕はもう、想えない。
 
じゃ、僕のこの気持ちはなんと言えばいいんだろう。
 
 
この雪のように胸が焼けるほどの甘い気持ちをもう彼女は僕に与えない。
 
だからといって人間界の雪のようにひんやりするわけではない
 
 
ただ・・・彼女が・・・彼女たちが幸せになればいい・・・
 
そう願っている
 
 
 
 
 
僕は目を閉じた
 
サワ   サワ   サワ
 
雪が積もっていく音が耳に残る
 
まるで大きな大地の心音のように・・・
 
サワ   サワ   サワ
 
 
僕はゆっくりと眠ってしまった
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『ロイー?起きなよー。ほらご飯だよ?』
 
セイは眠っているロイをゆする。
 
『セイ?寝てるんだからそっとしてあげなさい。かわいそうでしょ?』
 
『でもー。もう、また1人で魔法の国に行ってるんだわ。ずるいー。』
 
『またその話?』
 
ママが洗濯物をクローゼットのボックスに詰め始める。
 
『うん。』
 
『よっぽど好きなのねー。』
 
『へへへ…。』
 
セイはベットの上に飛び乗る。
 
『そういえば、ロイを見てると昔いなくなった友達を思い出すわ…』
 
『友達?それって男の子?』
 
『えぇ。』
 
『ママー、その子、ママが昔好きだった子?』
 
セイはニヤニヤと笑う
 
『違うわよ。パパとママのお友達。いっつもお外で遊んでて真っ黒だったの。いたずらが好きで、気分屋で・・・。でも誰よりも優しくってね。いじめられっこのパパをいっつも助けてくれてて…。』
 
『パパいじめられっこだったんだー。それっぽいー。』
 
 『でも、ハイスクールに通いだしたくらい・・・そうね・・・ママが16歳になったくらいかしら?いつのまにかいなくなっちゃってね・・・。噂で行方不明になったとか事故でなくなったとかいろいろ聞いたけど・・・どれが本当なのかもわからないのよね。』
 
 『へぇー。』
 
 『ほら、ご飯にしましょ!パパがお腹をすかせて待ってるの。あ、さっきのいじめられっ子の話は内緒よ?』
 
『わかってるって。ご飯―。』
 
 2人は階段を降りていく。
 
 
 
 
 
ただ想うのは・・・彼女たちが幸せであればいいと・・
 
 

                         FIN